うつ病、パニック障害、ギャンブル依存症、吃音、それでも生きて行かななければ

うつ病、パニック障害、ギャンブル依存症、吃音などいろいろな病に侵されながらも家族の為、自分の為に諦めず毎日を生きていく日記と体験談です。

パニック障害について3

こんにちは☆

今日はパニック障害の続きを書きたいと思います。

前回の記事に書いたように精神科に通院し精神安定剤を処方してもらってからは嘘のようにパニック発作も不安感も無くなり完全に普通の生活を送れるようになっていました。

私は、もうパニック障害は治ったのではないかと自己判断し勝手に病院に行くのもやめ、薬も飲まなくなりました。
それからしばらくは何の異常も無く普段通りの毎日を過ごしていましたが、ある日の夜、少しお酒を飲んで眠ろうと思った時に、それまで経験した事の無い強烈な動悸(動悸と言うよりは心臓が破裂してしまうのではないかと言う程の異常な心拍数の増加)に襲われ、1人ではどうする事も出来ず両親に救急車を読んでもらい家の近くの総合病院に搬送してもらいました。
病院に運ばれてからも動悸は治まらず、途中に何度かもどしてしまいました。
この時の事は鮮明に覚えていて、
「もう本当に死ぬんだなぁと思い、まだ死にたく無いとかまだまだやりたい事、経験したい事があったのにこんなに早く死ぬなんて嫌だとか…」
いろいろな事が頭に浮かび、最後には本当に走馬灯まで見えて来て死ぬ事への恐怖で頭がおかしくなりそうでした。

診察中の心拍数は250を超えていて、完全に不正脈のような症状でしたがいろいろと体中の検査が終わって、ほんの少し落ち着いた頃に医師に言われたのは、心臓には何の異常も無く血液検査なども特に異常が無いとの事でした。

結局のところ、この時の症状もパニック発作だったのです。
私は、自分の勝手な判断でもう治ったと思っていたパニック障害がまだ治ってなんかおらず、勝手に薬をやめた事による揺り戻しで以前より強烈なパニック発作に襲われてしまいました。

病室で両親に付き添ってもらいしばらく横になっていたらだんだんと心拍数も元に戻り、その日の朝には家に帰る事ができました。
しかし、あまりにも強烈なパニック発作だったので以前にもまして予期不安や心が不安定な状態になり横になっていても落ち着かないような状態になってしまいました。
早速、以前診てもらっていた精神科に行き精神安定剤を処方してもらいましたが以前のように安定剤を飲んでも全く症状は改善しませんでした。

その当時の私はあまりの不安感のせいで車の運転はおろか外に1人で出ることさえもままならなくなっていました。
近所のコンビニに歩いて行くだけでも酷い動悸に襲われ意識が薄れてしまうような状態でした。
こんな事になるなら、自分で勝手に判断して病院に行かなくなったり薬をやめたりしなければ良かったなと後悔しましたがまさしくあとの祭りでした。

また少し長くなってしまったので続きはまた次の記事に書きたいと思います。

いつも少しでも読んでくれる方、スターを付けてくれる皆さん、ほんとうにありがとうございます。
心から感謝しています。

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生きる気力とは

こんにちは☆

今日はまた少し趣向を変えて私の思いを書きたいと思います。

私には妻と娘がおりますが、私のような人間としての出来損ないがなぜ家族を持っているのか、と言う事について書きたいと思います。

私と妻は結婚して3年半ぐらいになりますが、付き合っていた期間を含めるともう10年以上の仲になります。
妻とは俗に言うできちゃった結婚と言うものになりますが子供が出来たと知った時、私は無職で借金も抱えていましたが素直に嬉しいと思いました。
先の事や生活の事は後からどうにかなる、としか考えていませんでした。
しかし、どうにもならない状況も当然多々あります。
今も家賃滞納や光熱費滞納、細かい支払いの滞納などあり毎日、胃に穴が空くような思いをしてますがなんとかやってこれてます。
私がこんな思いをしながらでも毎日諦めず頑張ろうと思える生きる力は

実は、私には幼稚園から高校までずっと同じだった親友の存在があります。
しかし、彼は28歳の時にクモ膜下出血で亡くなりました。
彼の奥さんのお腹には8ヶ月になる子供がいました。
彼は昔からの一本気質の男らしい性格で、子供も凄く好きだったと思うので、自分の子供の顔を見られずこの世を去ったのはとても悔いが残ったのではないかと思います。
自分に子供が出来たと思った時に、彼の分まで自分が自分の子供をしっかり育てる事で彼に対してほんの少しでも報いになると思い毎日頑張っています。
彼は子供の顔を見たくても見れなかったのに
「毎日子供と過ごす事が出来る私が頑張らないでどうするんだ」
と言う気持ちが、私の生きる力の大きな原動力になっています。

ただ今の私は、仕事にも行けず体調は悪いままなので彼に対して、なんの弔いも出来ませんが、いつか必ず何かをしっかり成し遂げて彼に報告出来るように頑張ろうと言う気持ちになれるのです。

もちろん妻と娘も私の生きる気力になってくれているのは当然なのですが、天国にいる親友の為にも早くしっかりとした生活を構築して私が、死んだ時に彼と笑って顔を合わせるようになりたいと思っています。

みなさんも辛い思い、苦しい思い、どうにもならない状況などあると思いますが決して、自分だけがそんな思いをしているのでは無いので孤独なんて思わないで1日1日を乗り越えて行きましょう。
生きてさえいれば必ず何か光が見えると思います。

またまた何を伝えたいのかわからない駄文になってしまい申し訳ありません…。

いつも少しでも読んでくれる方、スターを付けてくれる皆さんほんとうにありがとうございます。

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パニック障害について2

こんにちは☆

少し間が空いてしまいましたがパニック障害について続きを書いて見たいと思います。

私は前回からのパニック発作とそれによる体調不良の為に始めて精神科と言うものに通って見る事にしました。

まず、先生に今までのパニック発作の経緯と、それによる不安感などを伝え診察が終わり、その後に心理テストのような物や簡単なカウンセリングのような物があり、再び診察室に向かうとやはり私は、パニック障害の可能性が強いとの事でした。

その時は、自分なりにネットや書籍で自分の症状についてかなり調べていて、まず間違いなくパニック障害で間違いないと思っていたので、特にショックを受ける事も驚く事もありませんでした。

それよりも私が驚いたのは、その診察時に抗不安薬を処方して頂いたのですが家に帰って1錠飲むなり、今までの不安感やパニック発作にまた襲われるのではないかと言う恐怖が嘘のように全く無くなり、まるで完全にパニック障害が治ってしまったかのように感じた事でした。
抗不安薬を飲むだけでここまで良くなるのなら、すぐにでも精神科にかかれば良かったと思う程、私には抗不安薬が良く効いてくれました。

それからしばらくは薬を服用しながらですが、1度もパニック発作に襲われる事も無く以前の生活が送れるようになりました。

2週間に1度の通院間隔でしたが薬さえ飲んでいれば大丈夫と言う気持ちと、もう自分は完全にパニック障害から回復したのはでは?、と思う気持ちで毎日を過ごしていたのを覚えています。

しかし、ほんとうのパニック障害の怖さに私はまだ気づいていなかったのです…。

また少し長くなったので続きはは次の記事に書きたいと思います。

いつも少しでも目を通してくれるみなさん、スターを付けてくださるみなさんに本当に感謝しています。
いつもありがとうございます。

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パニック障害について

こんにちは☆

今回はパニック障害について書いて行こうと思います。

最近、芸能人の方などが公表する事で少しずつ知名度が上がって来た病気でもあると思いますが、私が患った当時は「パニック障害なんて病気があるの??」って感じで自分も知らなかったし、まわりも知らなかった病気でもありました。
なので最近少しずつでもみなさんにこの病気の事を知ってもらって、もっともっと理解して頂けたら幸いだと思います。

まず私がパニック発作を始めて起こしたのは21歳の時でした。
いつも通り、なんの気なしに車を運転していたら、突然両手両足が痺れ出し、それと同時に酷い動悸に襲われ、真冬なのに体中にあぶら汗をかき、これは普通では無いと思いなんとか路肩に車を駐めて、しばらく体が落ち着くのを待ちました。
その時は、5分程休んでいると症状が落ち着き、そのまま車を運転して帰る事が出来たので、おかしいとは思いましたが特に病院に行ったり、誰かに相談する事も無く過ごしました。
しかし、次の日に同じように車を運転していたら、前回の症状に加え意識が遠のくような感じにまで襲われ、これは普通では無いと思い近所の内科に行きました。
診察を終えて帰って来た言葉は、特にどこも以上は無いとの事でした。
その時はおかしいな、とは思ったものの体に悪い所が無いなら大丈夫だろう、としか考えていなかったのですが、その日の夜、いつも通り寝ようと布団に入った時になんと、車を運転していた時の症状に襲われさらにどうしようも無い程の不安感に襲われました。
しかし医者では体に悪い所は無いと言われたし、いったい私はどうしてしまったのかと思い不安感で眠れない夜を過ごしました。

この当時の私の主な症状は

両手足のしびれ
酷い動悸
体中にあぶら汗をかく
意識が遠のくような感覚
体がふわふわして自分が自分では無くなるような感覚

こんな感じの症状がその後は、車を運転していたり、夜寝ようとしたりすると毎回のように襲って来て、そのうちまたいつもの症状が現れるんじゃないかと言う物凄い不安感が24時間頭から離れなくなり、普通に日常を送る事も辛くなっていました。
そこで私はネットで自分の症状について調べ周りその中で当てはまりそうな病名の本を書店で調べてみた所、まさにパニック障害の症状にぴったり当てはまったので、正直自分には無縁だと思っていた精神科というものに行って見る事にしました。

少し長くなったので続きは次の記事に書きます。

いつも読んでくれる方スターをつけてくれる皆さんほんとうにありがとうございます☆☆

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今現在の状態について☆

おはようございます☆

今日は今現在の事を少し書きたいと思います。

今現在は私は自分と嫁と娘の3人で生活しています。
嫁は統合失調症と言う病を抱えながらも主婦に育児とも一生懸命頑張ってくれています。
私は、体調を崩している事もあり現在は無職状態なのですが、嫁にはとても伝える事が出来ず毎日会社に行く時間に家を出て、ハローワークや図書館、海岸などで時間を潰す毎日です。
それが家族を裏切ってるようでほんとうに申し訳無い気持ちでいっぱいです。

自分は、一体毎日何をしてるんだろう…と考えるとますます辛くなる毎日です。
家賃や光熱費も滞納しているので、何か行動を起こさないと行けないのは頭ではわかっていますが、なかなか体調も回復せず体が思うように動かない毎日です。
 
嫁は自分と結婚して良かったんだろうか、娘は私の娘として生まれて良かったんだろうか、と思うとほんとうに自分が情けなくなります。

でも今の私の唯一の支えである嫁と娘の為に、何か自分の命に変えてでも頑張ろうと思う気持ちはあるので、挫けずなんとか光を探して頑張って行こうと思います。

皆さんも辛い事苦しい事たくさんあると思いますが、

決して自分だけがそんな思いをしている訳では無いのでみんなで頑張りましょう。

たとえその先に光が無くても生きていれば必ずいつかはいい事もあると思います。

またまた内容が無くなってしまって申し訳ありません…。
これからは少しずつ自分が抱えている病気について書いて行こうと思います。

いつもスターを付けてくれる皆さん、読者登録をしてくれた皆さん、ほんとうに励みになります、ありがとうございます☆☆


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借金体験2

こんにちは☆

今回は借金体験の続きを書きたいと思います。

私は、スロットに使うお金がついに尽きてしまいついに借金をしてスロットをやるようになってしまいました。

はじめの数回のうちは、クレジットカードでお金を借りてスロットを打つことに凄く抵抗があり
「何故こんな事になったのか…」と悩んだりもしましたが、当時の私は、そんな事より目の前の衝動と快楽に完全に支配されていたのでした。
1日に5万10万負ける事はざらにあったので、あっという間に1枚のクレジットカードの上限額に達してしまったのです。

そうしたらもう道は1つしかありませんでした。
新たにクレジットカードを作り、上限が来たらまたクレジットカードを作る…その繰り返しです。
そのうち普通の信販会社や流通系のカードは審査に通らなくなり、もう頼るのは消費者金融しか無くなっていたのです。

今でも強く覚えていますが、さすがに消費者金融からお金を借りると言う事は当時の完全にスロットに依存していた私でさえも、これはさすがにまずいと思ったものでした。

無人契約機の中はまるで地獄のように感じ、親、兄弟の顔が浮かんで、もう借りるのはやめようとさえ思えたのですが、他にもう借りる所が無かった私は借りる事しか道が無かったのです。

そうして、ついには消費者金融にまで借金を重ねその時の総額は500万円はくだらなかったと思います。
どうしてそんなに借りる事が出来たのか、不思議に思う方もいるかもしれませんが、当時は総量規制など無く、私はお金がないのにもかかわらず返済を借金で返済する、自転車操業を繰り返して、1度も返済に遅れた事が無かったので借り入れ限度額がどんどん大きくなっていったのが原因でもあるのかなと思います。

始めの1度の借金からこんな額まで膨らむのに時間は対してかかりませんでした。

そしてついには、消費者金融からも借り入れを断わられ一気に借金の返済が滞るようになったのです。
もうその時は、今まで溜めて来たダムが崩壊するように毎月の返済が押し寄せ、仕事もまともに行かなくなっていた私には、とても返済出来るような金額では無く
本当に死のうと何度も決意しました。
しかし、私には情けない事に死ぬ勇気さえ無かったのです。

私の借金体験はこんな感じなのですが、またまた駄文で内容もあまり無い薄い記事になってしまって申し訳ありません。
もう少し私に文章を書く力があれば良かったんですが…。
でも、読んでくれた人、少しでも目を通してくれた皆さまには本当に感謝しています。


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借金体験

こんにちは☆

今回は私の借金体験を書いて行こう思います。

私が、始めてクレジットカードと言うものを作ったのは、丸井で服を買った時に「カードを作った方が値引きが出来るよ」と言われて作った丸井のカードだったと思います。

しかし、私は借金はしたくなかったし両親からも「借金だけはするな」と小さい頃から強く言われて来たので作ってから数年は、全く使う事無く過ごしていました。

そして、始めてそのカードを使ったのも、たまたま友人達との飲み会の日に持ち合わせがあまり無く、次の日が給料日だったため、その日に借りて翌日に給料で全額返済出来ると思い、借りたのが人生の始めての借金だったと思います。
もちろん次の日には借りたお金は全額返済しました。

しかしその時に思ったのは
「クレジットカードでの借金って何か凄く悪い事や怖い事だったり、1度使ったら返せなくなる物って思ってたけど友達に頼んで借りたり、親に頭を下げて借りたりするよりよっぽど簡単に借りれるんだな」
と思ったのです。
しかも、すぐ全額返せば借金もすぐ無くなるんだし。

しかし、それが悔やみきれない程大きな間違えでありギャンブル依存症とともに、その後の人生を苦しめる借金苦への始まりだったのです。

それからは手持ちのお金が足りない時や当時の彼女へのプレゼントなどに使うために、少しずつカードでお金を借りるようになって行きました。
その時は、借りて給料が入れば全額返済していたので借金が膨らむような事は無く、特にそれまでと変わりない生活を送っていました。

しかし、それが変わったのが1度離れていたスロットを再びやるようになってからでした。
ギャンブル依存症の記事に書きましたが、始めは給料や貯金でスロットをやっていたのですが手持ちのお金などあっという間に吹き飛び、ついに私はスロットで使うためのお金をクレジットカードで借りてしまったのです。
この時の気持ちは「さすがにギャンブルで使うお金を借金するなんて普通じゃないし大変な事になるかもしれない」と強く思ったのをしっかり覚えています。

事実それが本当の地獄の始まりだったのです。

少し長くなったので続きは次の記事に書きます。


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